「富岡健と行く 流氷ツアー」に参加して
滋賀男声合唱団 荒木 邦彦
写真撮影: 滋賀男声合唱団 長谷川 久雄

何とも分かり易い具体的なタイトルが付いたユニークなツアーであった。

3月8日(水)




 3月8日、午前8時、伊丹空港にこのツアーに参加する30名は、眠い目をこすりつつ「流氷」と「ライブ」に期待を膨らませて定刻に全員が集合。











読売旅行社の前山添乗員(素敵な女性)から、先ずは一発。曰く「札幌の天候は雪の為、飛行機はひよっとして函館に下りるか伊丹へ帰る場合あり、又流氷は行くまで分からない」との厳しい言葉があった。
 そして、我々は大きな不安を抱きつつも、9:00には機中の人となった。




      《注》参加者の内訳
   
富岡先生  1名 1  
大阪コンソート合唱団(混声) 13名 2 11
京都フラワー・コーラス(女声)  5名    5
京都ふじの花      (女声)  3名    3
滋賀男声合唱団+滋賀男友の会  5名 3  2
一万人の第九  3名    3


 新千歳空港は、小雪混じりながら、何の問題なく10:50に着陸し、ツアーの第一歩を北海道の地に印して、直ちにバスでかの有名な旭川の「旭山動物園」へ向う。



 地元のガイドさんも加わって、雰囲気もやや賑やかにはなってきたが、未だ自分の合唱団以外では、お互いの名前も分からない状態。そこで、気をつかって団長を兼ねる富岡先生が、自己紹介は今夜層雲峡の食事時にと提案されたが、その懸念もなんのその、着々と交流は進行して騒がしくなってきた。








 旭山動物園は、閉園が15:30。時間がないのでバスは超特急。北海道は広い広い。










呼び物の一つになっているペンギンパレードと激しく動くオランウータン、白熊やアザラシの迫力ある泳ぎと動き、アフリカの大型動物が雪の中にいる不思議さ等など、動物とお客さんの壁がない(少ない)ので、額面通りの面白さであったが、難点は園の狭さ。






 


 あっという間に時間が過ぎて、今夜宿泊する層雲峡温泉へ。

 

 夜は、一同に介した初の大宴会となり、富岡先生が宴会部長として指名された大阪コンソート紀本さんの絶妙な進行で大盛り上がり。
 あっという間に、一つの合唱団のように雰囲気が一変し、これからのツアーが一層楽しくなるような期待大。



その後、氷点下に冷え切った川沿いで展開されている氷の祭典「氷瀑祭り」と豪快な「露天風呂」を楽しんだ後、夜の交流の拠点として、大阪コンソートの清水さん、紀本さんと私の3人が宿泊する部屋を「サロン・おじさんず」と命名し皆に開放して、午前2時まで千客万来で大にぎわいとなって一日目は幕となった。

3月8日(水)




2日目も、1日目に引き続き寒さはしばれるが、ガイドさんも驚くような絶好の天候。途中「凍り付いた、豪快な銀河の滝」を見て一路網走へ。












懐かしの?「網走刑務所」、縦書きの駅名表示のある「網走駅」を経由して、期待の網走港へ到着。







しかし、何と何と楽しみにしていた網走港は、『穏やかそのものの一面の海』。  天候が相手とはいうものの、何とも諦められない思いを抱きつつも、氷を割らない「砕氷船おーろら号」に乗船し、乗客に気を遣って船の側を終始飛んでくれた「沢山のかもめ達」と遊びつつも、網走湾の2時間の船旅となった。

 
 
その後のバス車中で、先生がこういった状態を申し訳ないとして、再度日帰り?の「流氷のみの旅」を提案され、爆笑の内に「むにゃむにゃ・・・」。 

 夜は、今夜の宿泊地「川湯温泉」で早々と食事を済ませてから、このツアーの「もう一つの目玉・アトイとモシリのライブ」鑑賞の為、屈斜路湖の湖畔へバスで移動。




 素朴なシアター「丸木舟」でスタッフの出迎えを受けて、3〜40名で一杯になる位の客席の会場に入る。










 

19:00から主幹者「アトイ」さんの、ライブに先駈けた特別スピーチを聞く。
 こういったスピーチは普段はやられないとの事で、遠路大阪から来た親友富岡先生との友情に答える形での特別なご厚意によるものであった。
 「イアンカラプテ」と第一声。これは、アイヌ語で「あなたの心にそっと触れます」といった意味での挨拶があった。(ちなみに、アイヌ語では、おはよう、こんにちは、こんばんわといった挨拶語は無いとのこと。) アイヌ人は、挨拶からして心根がやさしい。
 次に、アイヌ民族の基本的な生き様「自然との共生」、具体的には「万物の全てが仲良く共に生きる」という考え方を何回も何回もお伺いする。
 「現在の人間社会はおかしい。このままで進むと人類は滅亡する危惧さえ抱く」というアトイさんの厳しい言葉とともに、現代社会の諸矛盾点を指摘される。
 この辺になってくると、まるで環境問題の講演のよう。
 「土地に対する考え方」でも、日本人は「人間の所有する物」、アイヌ人は「神々から借りて生活する物」というように発想が全く違う。
 アイヌ民族に対する強い誇り、無理という行動とは無縁のもの静かな謙虚な態度、儒教に通じる先祖崇拝と子孫の繁栄を願う心、神からさずかりものの美しい自然を守るという思想等などは、現代の我が国に今不可欠な考え方であり、人生観や環境問題へ警鐘乱打には大変心を打つ物があった。 
 


19:30からのモシリ舞踊団によるライブは、アイヌ独特の文化的装飾に施された幻想的な舞台と雰囲気の中で、シンセサイザーの調べに乗せて、全てが自然崇拝をベースに我々に取っては教訓に満ち満ちたナレーションと心の琴線に触れるような独特の単純な旋律の歌が次々と演奏され、それに個性的で強烈なインパクトのある踊りが入って、正にどっぷりとライブの雰囲気に陶酔。
 ちなみに、アイヌの歌と踊りは、大自然の神々から食べ物を頂いた奉納と民族全員の楽しみの為といった意味があるとの事で、彼等にとってこれは神事と理解したい。


 途中、鶴の舞では、舞台での演奏と同時に客席後ろのカーテンが上がり、屈斜路湖湖畔の雪上に設けられた白樺の側を鶴に扮した二人の踊り子が踊るというように、趣向を凝らした演奏があったり、又途中では聴衆をステージに上がらせて踊り子と一緒に踊らせるというような試みもあり大満足。


 

 

終演後、またまたアトイさんの特別のご厚意でスタッフの方々が富岡組(全員を総称した愛称)をサーモンや鹿肉のバーベキューにて接待して頂き、そのお礼として、バスの中で練習しておいたアトイさん作曲、先生編曲の「神の涙が溢れそう」「サリマライズ」を先生の指揮で返礼の合唱を演奏。

 
 
舞踊団とスタッフ全員のお見送りの中を再開を期してバスの人となった。
 車中では、余韻冷めやらずテンションは高いままであっと言う間にホテルへ。
 そして、その余韻は、延々と続く「カラオケルーム」での熱唱から、2日目に入る「サロン・おじさんず」へと続き、又も閉店時間は午前2時となって、変化に満ちたツアー2日目はようやく終わった。


3月8日(水)

 

3日目は、唯ひたすら札幌へと大きな北海道を横に縦断する長いバス移動日ではあったが、天候は相変わらずの好天で、まっすぐに走る美しい国道、壮大な雪景色、雪を抱く雄阿寒岳と寄り添うように見える雌阿寒岳、雪の中に散見できる蝦夷鹿の群れ等をガイドさんの説明で堪能。ふさふさとした冬毛の北きつねが遊ぶ「きたきつね村」、松山千春の故郷「足寄」、雄大を繪に書いたような十勝平野を走り抜けて、7時間という長ーいバス旅行の1日となった。

 

 札幌の宿泊は、トップクラスの札幌エクセルホテル東急。フリーの夕食で各自が札幌の夜を楽しんだ後、20:30から、最後の夜は全員集合による「大カラオケ大会」。

 
 
さすが合唱団の面々だけの事はあって、まあ見事な歌の競演で延々と終りなし。




途中から、この場が富岡先生の婚約をお祝いする目出度い席にも一変し、最後は長渕剛の「乾杯」でお開きとなる。








ということで、未だこのままでは「お休みなさい」とは言う訳にはとても行かなくなり、3日目になる「サロン・おじさんず」を引き続き開店して、遂にまたまた午前2時に遂に閉店となる。

3月8日(水)

 

最後の4日目は、車窓からの市内見物となり、時計台、大通り公園、道庁等を見つつ、新千歳空港へ。空港で最後の北海道での昼食や買い物をした後、予定通り機上の人となる。
 そして、13:50無事伊丹空港に帰着し、空港の出口近くでうれしい波乱に満ちた4日間の旅を思いつつ、先生の「慰労と感謝、又の出会い」を期しての挨拶と、ppの『一本締め』で解散となり、家路についた。
 
 
 
この度の「富岡健と行く流氷ツアー」は、肝心の流氷は残念ながら見られなかったが、
そのことはもう卒業して、全員が大きな財産を得たのではないかと思う。
 それは、素敵な音楽仲間の発見、富岡先生の存在感の再認識、アトイさんの「魂のライブ」、先生門下の合唱団同志の交流が点から線になった事、そして大自然から貰った癒しの心等である。
 我が滋賀男からこのツアーへの参加者は、長谷川さんと私のみで非常に寂しい思いをしたが、必ず企画される筈の次の機会には、是非多くの方が参加されて大いに交流を深められ、滋賀男の存在感を印象づけられるようにしたいと願う。        



しがのわかさま
ダブルエィチ様